88名の方のご冥福をお祈りしつつ。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn/20100317/20100317-00000008-nnn-int.html
>着陸直前に機長が「私は操縦なんかできない」と話す音声が
あの、これさ、「そう言ったんだ へー」と思って読んじゃうかもだけど、もとはロシア語なんだよね。
つまり、誰かが「なんかできない」って訳してるってコトなんだ。
たとえば、もし英語で I cannot fly an airplane. と言ったとしたら、そのベーシックな訳文は 単に「操縦できない」になる。
翻訳する際「なんか」とくっつけるためには それなりの前後関係が必要だ。
たとえば、この場合だったら、へらへら笑ってる声が一緒に入ってたとか、逆に幼児化して泣いちゃってたとかね。
となるとだ。
これは 本当に「なんかできない」と言ったのか
それとも、単に「操縦できない」と言ったのか。。。。。???
酔っぱらってて自分が操縦できないとわかったときに
「操縦できない」と言うか
「操縦【なんか】できない」と言うかじゃ、
かなり違うよね。
「操縦できない」だったら、単に操縦能力を失ってることを自覚したという発言だし、もしかしたら、そのことによる焦りや、予想される結果(墜落などの事故)への恐怖をもっているかもしれないことも何となく感じさせる。
でも「操縦なんかできない」だったら、べろべろに酔っぱらって自分を失っている感じがする。本来できるはずのことを「なんか」と貶めるっていうのは、どうも尋常じゃない精神状態を感じさせる。
それとも、ロシア語には日本語の「なんか」に該当するコトバがあるのかな?
もちろん まさにそういう前後関係があったのかもしれない。この記事からだけではわからないが。
ま、いずれにせよ「操縦できない」と書くか、「操縦なんかできない」とするか、どちらで記事を書くかによって読み手の印象を操作することができる。
(操作の意図なく書いているのであれば、書いた人の心理状態なりビリーフなりが推測できるかもしれない。)
で、この「なんか」は、酒飲んで事故起こすヤツは悪いヤツ 飲酒は危険! というムーヴメントをそこはかとなく漂わせてる・・・ような気がしたりしなかったり。
いずれにせよ、新聞でもTVでも ぼーっと見たり聞いたりしてたら危険だわね。神ならぬヒトが書いたコトバには いくら「単なる事実の報道」に徹しようとしても、必ず書いたヤツの思惑が入ってるからさ。
あ・・・いや、飲酒運転が危険というのはわたしも同感なんだが、その一方で、経費削減を口実にローカル鉄道をがんがん削ってちゃってるってのが、どうもバランス悪いような気がしてるってこと。
酒を飲んでもクルマに乗りたい、って事態が起こるのは、そのへんをタクシーが流してたりしない、地方の町でのことでしょう。
クルマ使うなって言うなら、公共の移動機関を充実させなきゃダメじゃん?
(これを「制度的保証」と言いますわな@ほーりつよーご)